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写真撮って、日記書いてます。

42歳になったが、大して何があるわけもなく、増えたのは白髪くらい

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ものの見事に42になった。

42歳。

偶数である。

数えだと…ってこの「数え」とかそういうのって厄介だよなあ。わけわからなくなる。

さておいて。この歳になると誰にも「今日、誕生日なんですよ〜」とも言えないわけで。

この歳になると祝ってくれるのは家族と遠くに住んでる両親、電化製品他各種メールマガジン、クーポン付与してくれる各種アプリ、風船を飛ばしてくれるXくらいしかない。

あーいや、それだけいれば十分か。いくつかプログラムも混じってるけど。

職場の人とかそういう身近な他人からは祝ってもらえないし、そもそも言えない。言い出しづらい。言ったところで「アッハイ」で終わるだろう。

昔勤めてたところは小さかったから、みんなの誕生日でそれぞれ何かお祝いしてたなあ、なんてことを思い出す。その都度お金出し合って、プレゼント買って渡す、みたいなこと。これはもう、今となってはもう批判される職場の行為なんだろうけど、あれはあれで良かった気もする。

わたしは愚鈍な人間だったので、単に喜んでいたしお金を出すのも納得していた人間なのだが、もしかすると気付かないところで「なんであいつにお金出さなきゃならないんだ」という会話があったかもしれないし、「この行事もうやめましょう」みたいなこともあったかもしれない。

誕生日プレゼントは自分で自分宛に買った、某ゲームのヒロインフィギュアだろうか。こういうのは年齢を上げれば上げるほど何をもらったら嬉しいのか分からなくなる。時計、Apple WatchとかG-SHOCKとか欲しいなと思うんだけど、贈られるよりは自分で買うかなーっていう。

↑視認性の高いものが欲しいのよ。
その方が納得して買えるし、細かく見られるから…そもそも、本当にプレゼントに慣れないところで生まれ育ったものだから、もらうのもあげるのも正直よく分からない。かなり困ったなと毎回思う。

文化人類学を勉強していたときも、贈与とか交換とか交易とか今ひとつピンとこなかったのはそういう理由だからだろうか。

まあ知らんけど。

そんでもって、42歳のこのめでたい日を、早出出勤で残業して帰るっていう、いつもと同じような形で過ごした。これからますますこんなことになるのだろうなと予想ができる。

何もめでたくないな。

今朝家を出る前に洗面台の鏡で自分を見てみたら白髪が数本。そういうもんなんだな。うん。

とりあえず明日の仕事を乗り切ることを優先的に考えよう。