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写真撮って、日記書いてます。

記録の重要性

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474日目。仕事の日。

夕べのお祭り騒ぎをテレビ越しに見てしまった者としては、短い時間でまあなんとかあのレベルに持って行ったんだろうなと思うし、現場レベルの苦労を想像しちゃうし、振付師やら何やらが解任される前のものが見たかったなと思うし、で、あんまり心地よい印象は得られなかった。良くも悪くも今の「日本」だよねーって感じで。

あまりにまとまりがなさ過ぎて、全体的に古臭くてどこか昭和で野暮ったくて、未来を感じられなかった。長嶋氏を担ぎ出す意味あったんかなあ、活躍されていた時代(もっとも、監督としてだけど)の最後あたりを知っている人間としては見ていて痛々しかった。そもそも王・長嶋・松井の3人を若い世代は知ってるんだろうか。「誰?あのおじいちゃんとおじさん?」てならなかっただろうか。

そういうことを考えていた。

ちょうどその前日に『映像の世紀』の1964年の回を録画で見たけれど、その当時も最初のころはあんまり興味関心がわかなかったとか、それよりも東京の水不足やら労災の処遇の悪さやら、「オリンピックよりほかにやることあるだろ!」ていう街の声だとか、いたるところの交通事情の悪さやら、オリンピック後の不景気の様子とか、普段「1964年のオリンピックはすごかった!」という言説で覆い隠されてしまいがちな事実にも光が当てられてて面白かった。開高健の取材したルポ、読みたいなあ。

オリンピック前のこうしたマイナスの言説がいつの間にか熱狂の前にかき消されていくの、今回もそうなりそうだ。記録の重要性が問われる。わたしのこのブログももう少しその辺のことを考慮して書いてみるか…

10年先どうなってるか分からないけど、その時の資料として活用できればいいなと思いながらこの2年ほど書いてきた。もっとも、最近は仕事がしんどい、バス通勤がつらい、ゆっくりできない、などというごく個人的な感情の吹き溜まりみたいになっている。まあ、それも「当時考えていたこと」になるのかな。

わたしが死んでもまだこのブログがあれば「むむむ、〇〇年は緊急事態宣言にも関わらずオリンピックを開催してバスが混むくらい人出があって、当時の人はしんどがっていたのか…!!」ていう発見にならないかな。なってほしいな。n=1な扱いだけど。

そういえば今日はまだ連休だった。連休中の土曜にしては穏やかな日に思えたが、しかし疲労の蓄積も感じる。帰りのバスを待っていたら脇を「モモとかレバーとか皮とかさ買ったから…」。電話しながら歩く男性の手には、買ったであろう焼き鳥が袋に入って提がっていた。久しく焼き鳥食べてないなそういえば。

焼き鳥とビール。

コロナ体制下になってから縁遠くなってしまった。買って帰る手もあるが、やはり焼き立てにジョッキビールをあわせたい。それがあればまだ戦える気がするのだが。疲れが抜けないのはそのせいなのかもしれない。

いつになったら大手を振って行けるのか。五輪がいろいろ恨めしい。