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写真撮って、日記書いてます。

きっとわたしは絵付された作品がダメなのだろう

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1151日目。仕事の日。

このくらいシンプルな方が好きだ。

 

こないだ、とある展覧会を見に行ったのね。絵付けされた陶磁器の展覧会。普段そんなにお皿とか壷とか要するに焼きもの系は見たりしないんだけど、ちょっと機会があったので見てみよかなぁなんて気軽に行った訳ですよ。

ものの20分でダメでした。いやほんとにダメ。気持ち悪くなっちゃって展示室の外でへたり込んでしまった。座ってぼんやりしていた。

酔う、というのは久しぶりかもしれない。一番最初は天草にいた時。無地の白色の陶磁器が何枚もある陶器市に行った時だ。日光に当たってめちゃくちゃ白が眩しくて気持ち悪くなってしまった。蛍光灯は若干青みがあるんだけど、この陶器たちはそんなのが全く無く目に直接光が届く感じで眩しくて仕方なかった。

その次に酔ったのは鹿児島の黎明館の薩摩焼コーナーだったように思う。細かい模様とかが描かれてたし、あの若干黄色が混ざったような白色がずらっと並んでいるのがよくなかった。あれもあれで目がチカチカしてしまったような記憶がある。

そしてこないだの出来事だ。絵付けされたものが50点ずらっと並んでいた。密集では無く、ある程度の間隔を開けて並んでいたので快適さはあるのだが、いかんせん原色に近い色が複数ベタっと塗られてる感じで、なんだかこちらに迫ってくるような印象すら覚えてしまった。有田焼も入ってたけど、あの青がある種の癒しみたいになっていたのが息抜きというか助かったところだろう。全部が全部五色とか七色とか使ってる作品だったら「ぎぇーっ」て倒れていたかもしれない。

これでよく分かった。わたしは絵付けされた焼き物と相性が悪い。民具・民藝ではないけどそういう分野を専攻していたのも関係しているのかもしれない。郷土人形土人形と呼ばれる類の派手さはそこまで苦痛じゃ無いのに。我ながら不思議である。

とにかくそういう派手さよりも、そういうのを削りまくったシンプルなものの方が好きだ。色も限られた方がいいなと思う。春のパン祭りでもらえるようなお皿とか、あのあたりは結構好きだ。

デザインはさておき。

地味な、というのとはまた違うな…無印良品に少し近いかもしれないが、まあそんなラインにあるのは確かだ。無印と民藝を同ラインで語るのも難しいが…この辺は考えなきゃならないな。

結局、そういう好みって全体的に出るんだろうなと思う。服もシンプルにしたいし、何ならストック自体減らしたい。自宅書斎周りももっとものを減らして配線も綺麗にして…とか、思考の方向性がそういう感じだから作品の好き嫌いなんかもそういうのが出るのだろう。

それにしても、これほど自分が受け付けないとは思ってもいなかったので驚いている。前はもう少し受け入れる余裕みたいなのがあった気もするんだが、年々その幅が狭くなっている気もする。

何だろうな、歴史的な背景を見ていったりすると面白いのは確かなんだろうけどな。その前に作品自体を直視できないのは結構致命的なように思う。

今後もおそらく解消されないと思うので、上手な付き合い方みたいなのを考えた方が良さそうだ。

そっちの方面で少し考えてみる。