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写真撮って、日記書いてます。

良くないなあ、良くない

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iPhone8 Plus

1321日目。仕事の日。

職場着いてすぐにあれこれ言われて凹むし、もうやっていることを「まだやってないでしょ」と言われる。えーとそれすでにアップして共有してますが、月曜日に、誰からも何の反応ないのであれなんですけど…ともごもごと答えておいた。

実際、やっているのにやってないと思われがちで、わたしのアピールが不足しているからなのか、それとも単純にもう「何もやってない人」として見られているのかどっちなんだろうなと凹む。はあ。そうだよねえ、人は見たいようにしか見ないもんねぇ。

文句言っても始まらないとは分かっているけど、やっぱりどうしても愚痴りたくなる。

これは噂の承認欲求とかいうやつなのだろうか。だとしたらヤだなあ、そんな気持ちしか出てこない。なんせそういうのがでかすぎてモンスターになってしまった人を何人か知っているから。見ちゃってるから「ああはなりたくないな」と思う一方で、どこか自分の仕事を認めてもらいたいとかいう自分もいて、その辺の整合性ってどうなってんだろうなと。文字化してようやく気づくわけだが、今までそこまで意識してこなかったところを見ると、意外と自分の中のそういう欲求は薄いような濃いような、なんというか思い出したときに出てくるものという微妙な立場らしい。おい、お前微妙な存在だってよ。承認欲求のくせにな。

もっとも、「ブログ」をこうやって垂れ流しで書いている時点で何を言ってるんだ、なのだが。ブログこそ承認欲求のでかい人間くらいしか書かねーだろ今日日、とかいう風に思うのだがどうだろうか。約10年近く?いやもっと書いてるか?とにかくずーっと書き続けていて、連続更新日数が5000日なったかどうかもう忘れてしまったが、それだけ書いていれば承認欲求というよりも毎日の一部分となってしまって、ルーティン化、空気や水のような感覚、むしろこんな広大なWEBの片隅のチラシの裏に何してるんだろ、という感覚に陥る。

そもそもブログ書いててなんだけど、我に返ったらダメだよね。こういうのは。「でっかいチラシの裏」に大きく落書きとか文字をずーっと書き連ねているイメージなんだけど、それをあるときふと「わたしこれ何やってんだろ…」って我に返ったら急にバカバカしくなったり、つまらなくなったり、意味とか意義とかそういうのを考えてしまって立ち止まってしまうかもしれない。いや、たぶんそうなる。そういうのを思い出す前に、熱がまだある内に書いてしまうのが一番いいのだろう。というか、熱も何も「とにかく何か書く」という感情がひとつあるので、そしてそれはおそらくこれからも続くと思うので。何だろうなこの感覚。自己表出というか何というか。表現したい何か。一方で義務感も感じていて、総合してよく分からない感情に突き動かされているのは事実だ。

何でもいいか。続けていければ。

今日もあんまりピリッとしなかった。しなかったというかできなかったというか。先週からずーっとそういうのが続いて嫌になる。そろそろカメラの話をしたいのに、ついつい違う方向になってしまう。良くないなあ、良くない。

ちょっと気合い入れ直さないと。